このページの本文へ移動する

上出長右衛門窯 上出 惠悟さん、北村 康司さん、柴田 鑑三さん

更新日:2020年2月27日

北村康司さん。上出長右衛門窯のアトリエで(2019年8月21日撮影)
北村康司さん。上出長右衛門窯のアトリエで(2019年8月21日撮影)

 

したいこと、能美市だったら叶うかも

上出長右衛門窯

北村康司さんインタビュー

 

3人の出会いのきっかけは、名古屋にある美術予備校です。柴田(柴田鑑三さん)と僕は高校生のときに出会いました。上出との出会いは、浪人生のときに彼が下宿に泊まりながら名古屋の予備校に通いだした2000年の春です。19歳からの出会いです。僕の場合は、美術大学を卒業してから東京で作家活動をしてました。2012年に東京の吉祥寺での個展の際にSNSでアップした作品の画像を見た上出から興味を持ってもらって。実際に彼と再会し、その作品を見てもらったときに「うちでつくってみたらいいんじゃない?」って声を掛けてもらって、この上出長右衛門窯に通いだしたっていうのが九谷焼との出会いのきっかけです。

3人の学生時代の写真1 3人の学生時代の写真2

3人の学生時代の写真

 

僕自身は全く九谷焼の作品をつくるっていうイメージを持っていなかったので、そういう技術を使って制作ができるんだったら、一度は九谷焼の自分の作品も見てみたいなっていうのが、正直な気持ちですかね。でも、まさか能美市に住むに至るまでとは、そのときは思ってなかったんですけど。

通い始めてすぐに、なんかもうスカウトじゃないんですけど「もうここで勤めながら作品つくったらいいじゃん」っていう声を上出からもらったんです。僕も東京で親しんできた生活のリズムもあったのでかなり悩みましたけど。冷静に考え抜いた結果移住を決意しました。結局3年間ぐらい時間をかけて東京での仕事とかを整理しつつ、2016年に移住をして来て上出長右衛門窯に勤めてます。

僕が移住をしようと決断したその頃に読んだ漫画が、藤子不二雄Ⓐ先生の『まんが道』っていう漫画で、それが藤子先生たちの自伝的な内容で手塚治虫先生の作品に触発されて同級生と一緒に漫画家としてやってく物語なんです。そのストーリーを追ってく流れと、現実がシンクロするように僕も上出と久々に再会を果たして東京から上出長右衛門窯に通うようになって。「本当に一緒に仕事をしていったらどうなっていくんだろう?」ってワクワクしながら未来を想像するようになっていきました。そういう選択もできる環境なら、人生1回なので挑戦してみたいと思って。骨を埋めるつもりで石川に越してきました。

ショートレッスンの様子

ショートレッスンを指導する北村さん ショートレッスンする上出長右衛門窯の方々

北村さんは大手スポーツジムのインストラクターとして活躍していた経験を生かし、座ったままの同じ姿勢で作業が続く職人さんの健康のために毎朝ショートレッスンをしている。(2019年8月21日撮影)

 

上出長右衛門窯では生産管理の仕事をしております。仕事の内容としては、品質管理と納期に応える仕組みづくりです。商品がいつ仕上がるのかを把握する上で、必要な情報をしっかりと吸い上げて可視化して、平準化できる仕組みをつくって実践に活かしてます。それをフィードバックして効果の有無を再確認する繰り返しです。窯にとってそれがとても大事な仕事だと思ってます。

納品までのスケジュールを絵付け職人さんと打ち合わせをする北村さん1 納品までのスケジュールを絵付け職人さんと打ち合わせをする北村さん2

納品までのスケジュールを絵付け職人さんと打ち合わせをする北村さん3 納品までのスケジュールを絵付け職人さんと打ち合わせをする北村さん4

納品までのスケジュールを絵付け職人さんと打ち合わせをする北村さん(2019年8月21日撮影)

 

最初、能美市ってどんな場所に感じましたか。

 

初めて来たときの印象としては、結構自然が豊富だなと感じました。言ってしまえば田舎なんですけど、それなりに生活はしやすい場所なのかなというふうにも思いました。移住してきた今も住みやすい場所だなと実感しています。四季のなかでの暮らしを感じます。例えば畑の作物とか田んぼの稲穂とかがだんだん成長していって収穫されてっていうそのサイクルを見るだけでも、時の流れを肌で感じやすいです。他には、昔から生活の中で山を眺められる環境にいた記憶があるんです。幼い頃、静岡県の富士に住んでるときは家のドアを開けたら正面に富士山が見えたし、東京でも西のほうに住んでたので意外と富士山が見えたりしたんです。そのせいか山を見るとちょっとほっとする感覚があるんですけど、ここにも白山があって、雪をかぶってたり、ちょっとずつ溶けていったり季節の変化が感じられます。白山というシンボリックな存在があるっていうだけで安堵感があるのも、この土地の魅力的なポイントです。

インタビューに答える北村さん2

ご近所さんとのつながりも、近過ぎず遠過ぎずの距離で良いですね。向かいのお宅の方が野菜をつくられいて、お裾分けをいただいたり、そういう繋がりが日常にあるっていうのが、今までの人生ではなかったのですごく新鮮に感じてます。自然の話ばっかりになってしまうんですけど、7月頃、夜に散歩をしているときに普通にホタルが見られるのも初めての経験でした。海と山も近いのでキャンプとかによく行くようになりました。キャンプは自然に身を投じて、日常では味わえない研ぎ澄まされる感覚があるような気がします。自分から自然に繋がりやすい環境ですね。

あとすごく鳥が多いんです。窓から外を見たら鳥がいるみたいな日常です。やっぱりそういった身近に自然界がある生活は嬉しいですね。ささやかなことかもしれないけど、そういうことが毎日積み重ねられている環境だなと思います。

もともと東京に住んでいた生活から考えると、人との出会いとか距離っていうのは離れてしまったような感覚ってなくはないんですよ。でも実のところ結果的には自分が東京を離れて能美市に来て、上出長右衛門窯で勤めることによってより多くの人に関われるきっかけになっているのではないかな。そういう選択になりうるのではないかなって感じれる部分があって。今現在確立しているわけではないんですけど、今後この窯の仲間とともにより丁寧に、一つ一つのことに向き合ってくことが、自分の生き方としても一番いい接続の仕方といいますか。また自分1人ではできないことができてる、できていくっていうことを想い描きながらここで生活することに、ものすごく意義があるんじゃないかなというふうに感じてます。そうなるように日々一歩一歩丁寧に生活したいなというふうに思ってます。

成形工程1 成形工程2

成形工程3 成形工程4

ひとつひとつ丁寧に形を整えていく工程が数多くあります。(2019年8月21日撮影)

 

僕自身は何代目っていうところを直接受け継いでる人ではないので、やっぱり僕や柴田の立場と上出とでは、背負っているものは違うことをもちろん感じています。代わりに背負いたくても背負えないし、上出も背負いたくないけど背負わされている部分も何かあるかもしれないですよね。僕自身は伝統工芸であるこの九谷焼の窯で勤めていく中で、今までの140年間の歴史の中ではおろそかにしてきてしまったことに触れる必要があると感じてます。各地の伝統工芸が様々な理由で損なわれた過去があったとしても、今の時代にフィットする運営をしてくには、シビアにというか、厳格に向き合わなきゃいけないことがあるだろうなと考えています。

制作工程1 制作工程2

制作工程3 制作工程4

制作工程5

あとは、僕自身のクリエイティブな関わり方としてかなり抽象的ではあるんですけど、窯の全員が働きやすい環境とか、しいては上出長右衛門窯がよりうまく世の中に関わりやすい状況をつくりたい。長右衛門窯が世の中にうまく関われることによって、九谷焼の業界もまた違う在り方で新しい角度で広がっていける可能性が生まれるんじゃないかなと。それによって他の産地にも、またはジャンルを超えて波紋が広がるかもしれないですしね。あらゆる伝統工芸の後継者の方々も、皆さんすごく頑張られてると思うので、各々がこの時代をサバイバルしていける術を見つけていくっていうこと。各々の立場で全力で向き合うっていうのが、すごく大事なことなのかなと思います。

インタビューに答える北村さん2

 

能美市だったらできること。

 

能美市だったら叶うかもっていう話題だと、ここに来て借家ではありますけど一軒家に住めてます。東京では想像ができなかったような、自分の作品をつくる空間に身を置くことができてます。東京時代の四畳半の和室のアトリエと比べるとですけどね。ささやかなことですが恵まれた環境にいる実感があります。あと、未来に対していうともっといろいろな方が石川県に遊びに来てくれたらうれしいなと思います。この環境でどんどん可能性を広げつつ、極端な話ですけど、この地に沢山の人が集まる音楽のフェスを開催しちゃうとか。お祭りやイベントを企画して開催できるようなパワーが付いてきたらより面白いだろうなと感じてます。

上出長右衛門窯としては、そうですね。やっぱりこのメンバーじゃないと成し得ないものをつくっていきたいと思ってます。どこの窯でもできるわけじゃなくて、上出長右衛門窯だからできることっていうのをやりたいです。今は具体的にあるわけじゃないですけど、今後そういったことも仲間と見つめながら、アイデアだけじゃなくて形に残して、それが多くの人につながるきっかけになっていったらなっていう、漠然とした思いですけど。そういう展望があります。率直に、先人が築いた技術を用いて、今の時代に一番いい形で発信することができれば、これからもどんどん伸びていける可能性を秘めてると思っていて、温故知新のヒントがあると思っています。焼き物は文化的にも、世紀をまたいで生きてきたっていう歴史もあるし、物質的にもわれわれの肉体よりも長く生きて行く素材なので。焼き物に今の思いを乗せることができるし乗せたその思いが未来を変え得る可能性そのものだと思います。どのジャンルであっても質量がない、つかみがたい、その「意思」の伝達が可能だと思いますし、伝統工芸やあらゆる文化を通じて残していけるのかなと思います。ただし、伝統工芸だからいいっていう考えでは決してなくって、やっぱりその時代に合った技術でなくてはいけないし、繋がりを大切にした思想というか、そういう意思を乗せるものじゃないといけないと思います。

打ち合わせする3人1 打ち合わせする3人2

打ち合わせする3人3

 

北村康司さんの記事は移住・定住ページでもご覧になれます。

 

次ページは、上出さんを造形面で支えるもう一人の親友、柴田鑑三さんです。

 

お問い合わせ先

企画振興部 企画デジタル課

電話番号:0761-58-2204 ファクス:0761-58-2291