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九谷焼作家 福島武山さん

更新日:2020年8月11日

能美市九谷焼美術館で九谷庄三の作品を観る福島さん
能美市九谷焼美術館(旧資料館)で九谷庄三の作品を観る福島さん(2019年10月24日撮影)

 

これはもう皆さんもよく知っている話ですけど、伝承と伝統は違うって。伝統は新しい事に挑戦し試行錯誤のなかで革新してゆくことと言いますよね。ですから、日本伝統工芸展っていうのは今、工芸の世界では一番難しい展覧会だと思います。昔からの伝承で例れば、先ほど描いた恵比寿大黒とか、山水とかそういうものを描いていてもなかなか入選の域まで達しません。それではどうするかっていうことで赤の一部分を取り上げて模様的なものとか、それで抽象的な表現ができないかっていうことで取り組んだのが40年前です。赤絵で伝統工芸展に通ったのは私が初めてだったと思います。それ以後に数人の方が入選しましたが続いていませんね。私は毎年なるべく新しい感覚のものを出品したいと頑張っていますけど、伝統工芸の世界も少しずつ方向性が変わってきて、絵付けだけじゃ駄目なんですよね。やはり自分の作った素地に自分の絵を付けるっていうのが本来のかたちだということで、私たちは逆風を浴びているような感じです。今は自分で素地も作りなさいってことを言われますが、それでも工芸の世界で言うとやはり腕のいい素地師さんの白磁に絵を付けたほうが作品はよくなると思うんです。いつかは絵付の上手な人が誰もまねのできない絵付をするという方向へまた戻ってくると思います。流れというものは必ずありますから。

赤絵分銅文喰籠1

赤絵分銅文喰籠2
赤絵分銅文喰籠(1983年)第28回日本伝統工芸展初入選作品 山ぼうしの釉薬を使用。古九谷では山ぼうしの木を燃やした灰を釉薬として使っていた。(写真は2018年緑ヶ丘美術館での展覧会図録より)

 

石川県立九谷焼技術研修所の存在。

 

私がこの世界に入ったときは、佐野町は約500世帯のうち、絵付をしている人は120人いたんです。そういう時代からみると今はものすごく少なくなったんですね。これから先を一番危惧しています。陶祖神社も私が会長をして4年目になりますけど、参拝者もだんだん減りますし、生々しいお話ですがお賽銭がもう全然少ないんですよね(笑)。お賽銭の上がりとかで瓦を替えたりとか参道が傷んだ箇所を修理したりとかするんです。今後どうやって維持していくかもすごく心配しています。昔は商売の人がもう元気いっぱいだったので陶祖神社の運営にも余裕がありました。今は伝統工芸品は厳しい逆風が吹いています。社会や生活様式が大きく変わったことに影響を受けていることは言うまでもありませんが、過去の売り手が作り手をもっと大事にしてくれていたら、これほどの落ち込みにはならなかったと思います。でもありがたいことに、県のほうで石川県立九谷焼技術研修所を建てていただいてから、ものづくりに興味がある若い人たちが目を輝かせて取り組んでいます。以前は親子代々継いでいたため、やりたくなくてもやっている人がいたんですけど、今はもうやりたくなければ会社へ行く時代になってしまったので、研修所のありがたさっていうのはすごいですね。うちも今、研修所から順番に若い方が習いに来ていますから。

石川県立九谷焼技術研修所で指導にあたる福島さん1 石川県立九谷焼技術研修所で指導にあたる福島さん2

石川県立九谷焼技術研修所で指導にあたる福島さん3

石川県立九谷焼技術研修所で指導にあたる福島さん(2019年8月撮影)

 

直接的に教えるときの向き合い方や大切にしていること。

 

あまりその人のやっている方向を変えないこと。たまに変な線の引き方をする人もいます。それは25年30年と描いてきた個々の線の引き方なので無理やり変えさせるより自分のやりやすい方が良いように思います。それでも全く変な場合は駄目って言いますけど(笑)。個性に合わせて得意なことを伸ばしてあげたほうが道は早いような気がするんです。ただ赤絵だけを教えるのではなくて、ほかの先生の課題も机の上や周りに並んでいますよね。それを見てその子の上手なところ、絵付は今一つでも造形がすごく上手だとか得意なところを伸ばしてあげたほうがいいと思います。赤絵は性格的にもぴったり合わないとつらい世界なので。筆を持って描き出すと最初から手が震える子もいるんですよね。そういう子はクラフト的にざっくりしたもので小紋を大きく描く。筆の持ち方運び方とか、そういう描き方は丁寧に教えてあげます。人それぞれに合った方法で教えます。基本的に取り組む姿勢に真面目さがないと私のほうも力が入りません。本当に情熱がある人がどんどん伸びていってくれることをいつも期待しています。

福島さんと九谷焼技術研修所の生徒たち
石川県立九谷焼技術研修所の研修生とともに(2019年8月撮影)

 

技術の伝承と、伝統としての九谷焼との向き合い方

 

描くことは一番大切です。技術の積み重ねっていうのはもう死ぬまでですけど、職人として大切なことは、やはり“お客さんがいて”なんですよね。やはり若い人にはいい生活をして欲しいし、お客さんに接するときにはどうしたらいいかっていうことは丁寧に教えます。あと買ってもらったときのアフターケア。お客さんに育ててもらうっていうこともすごく大切なんです。先日、阪急で展覧会をした時も、なるべく多くの人に出品してもらいたいと思い、声掛けしました。自分でもお客さんを開拓するような気持ちを持っていないと自分自身が生きていけない時代です。あと、お客さんに育ててもらうっていうのは、自分で描いている絵というのは大体決まったものを描きがちですけど、お客さんからオーダーがあって、例えば「うちの10歳を迎えるダックスフンドを描いてほしい」とか、そういう課題をもらうことによって今まで描いたことがなかった犬や猫を描いたり、お孫さんの七五三の写真から何か赤絵で描いてほしいとかの注文をこなすことによってレパートリーが増えてきます。私も60歳を超えてから仏画を頼まれるようになったんですよ。特に東北の震災以降、仏さまや天女とかを描いてほしいという人が増えたんですね。それによって仏画ってどんなものかと本を集めたり資料を読んだり、お寺参りをして勉強することは今でもありますね。

以前、何年かやっていた斉田道開さんの直系の橋田与三郎さん。与三郎さんとこは三代で途絶えてしまったんですけど、一子相伝で同じ絵しか描かさなかったんですよ。新しいことをできない。もちろん展覧会もさせてもらえないし。やっぱりそれだと出る範囲も少なくなるし、やはり絶えてしまうんですよね。

林美佳里さん 林美佳里さん作業中

吉村茉莉さん 吉村茉莉さん作業中

福島門下から独立後、作家として活躍中の林美佳里さん(上)と吉村茉莉さん(下)

 

人との出会いも大切ですが、いろんなことの吸収も大切です。若いときは忙しい中でも月に2、3回は県の美術館とか展覧会があると必ず行ってました。その風に触れたことによって体の中に自然と影響を受けたものが溶け込んで、何十年か経たのちに熟成されて筆先から想いが出てくるような気がします。音楽を聞くとか芸能を見るとかも・・・。私、うちへ来ていたメンバー、卒業した人も含めていろんなとこへ行きました。宝塚歌劇や手塚治虫美術館、箱根や安曇野の美術館巡り、輪島漆芸美術館へも一泊で出かけました。僕が声を掛けて皆さん引っ張っていくような感じですけど、夕食のときもみんなすごい楽しそうですよ。

あとは私もそんなに大きなものも買えませんけど、「これが」と思うようなものはお母さんの目を盗みながら(笑)先人の作品を少しは求めるんです。それを今の若い人たちにも全部見せてあげて、昔の人はこんなすごい仕事をしているっていうことを教えてあげたいと思うんです。あまりに売れると天狗になりやすいですよね。けど、上には上があるということで振り返ってみなければ、人は離れていくと思うんです。そんなことも若い人には伝えています。

菊慈童文茶入
菊慈童文茶入:九谷中興の祖 九谷庄三による小野窯時代の小品を福島さんが30代半ばで写したもの。「世の中には凄いものがある」という自身への戒めと究極の目標として、今でも大切に保管している。(写真は2018年緑ヶ丘美術館での展覧会図録より)

 

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