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山上組十村屋敷跡

登録日:2019年4月1日

山上組十村屋敷跡

十村は、複数の村を監督する役目を担った加賀藩独自の農村統括機関であり、他藩の大庄屋にあたるものであった。山上組十村は、旧辰口町を中心として、旧寺井町、川北町の一部併せて37ヵ村を支配していた。

山上組の十村役は、古く寛永18年(1641)の土室の六郎兵衛が知られている。その十村が来丸に屋敷を構えたのは、享和年代(1801)初め頃、波佐谷村文兵衛と言われている。

来丸村十村として知られている太田家は、文三郎が天保年間(1830)から居住しており、十村制度廃止の明治3年(1870)豊次まで約70年間の四代にわたって、来丸の地に役宅(敷地面積1300坪)が建てられていた。

太田家の墓所は、屋敷跡付近に残されていたが、平成11年の辰口町役場(現能美市役所)の建設に伴い、八代文三郎の墓石が物見山の北側麓に移された。

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