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能美市国際交流協会職員 清水和貴子さん

登録日:2023年10月5日


したいこと、能美市だったら叶うかも
In Nomi we can do whatever we wish for.

能美市国際交流協会 Nomi International Exchange Association.
清水 和貴子さん Wakiko SHIMIZU

 

国際交流協会とは

 職務としては色々ありますが、例えば、市からの依頼で小学校の英語の授業に外国の方を派遣し、一緒に交流しながら英語を学ぶ事業のお手伝いもしています。やはり子どもたちの中には、外国人というイメージは、教科書の中やアメリカのような先進国のイメージが強いと思うのですが、世界には多くの国があって、また能美市にはアジアの方が多く暮らしているので、いろんな国があることを子供たちに知ってもらういい機会になっていると思います。最初の頃、子どもたちの口からは自分たちの知っている国の名前しか出てこなかったのですが、「今日来てくれている人たちはどこの国から来たかな?」と尋ねると「ミャンマー!」みたいに、子どもたちの口から今まで交流してきたみなさんの国の名前が出てきた時はすごく嬉しかったです。
One of our works requested by the City is to support elementary schools’ English classes. We send international students to each school, kids learn English while interacting with them. Kids’ image of foreigners is mainly from textbooks, they mostly know developed countries like USA. This program is a good opportunity for children to learn that there are so many countries in the world and that there are many Asians living in Nomi. When we just started, kids could only say the countries they knew. But later when I asked “Where are today’s guest from?”, one said “Myanmar!”. I was so glad that kids can now name the countries of people they met.
 

 
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浜小学校での授業風景

 ほかにも、毎回テーマを変えて地域の日本人や在住外国人の皆さんが交流できる国際交流イベントやバスツアーそしてニューイヤーパーティーなど、協会独自のイベントも定期的に企画・開催しています。
We also have our own events where locals and foreigners can interact. The themes are different every time. We also do bus tours, New Year parties, etc.
 
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春節を祝う会(2023.1.21)
 
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ニューイヤーパーティ(2023.1.22)
 
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春まちポカポカプロジェクト_フードドライブからのつながり(2023.2.18)
 
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国際交流サロン_エジプト料理の作り方を学ぶイベント(2023.2.19)
 

転機

 元はといえば、高校時代に南アフリカの人種隔離政策「アパルトヘイト」のフィクションドラマを観たことがすべての始まりでした。その時に「世界には私の知らないことがたくさんある」と気づいたことから、世界のことをもっと学びたいという意思が芽生え、立命館大学の国際関係学部に進学しました。 大学生の時にカナダへ留学し、その後日本でも就職しましたが、どうしても海外に行きたい思いが抑えられず日本を飛び出しました。その後、日本に帰ってきてから今後のことを考えると「このままではいけない。今まで自分は国際交流の分野に携わってきたけれど、これからは関心のあった国際協力に携わってみたい」と思い、その頃にちょうど職員を募集していたJICA北陸支部に入構したのです。
My interest in other countries has started from watching a drama about Apartheid. I realized there are many things I didn’t know about the world. I wanted to learn more and entered the International Relations Faculty of Ritsumeikan University. When a student I studied in Canada, got a job in Japan after graduation. But I really wanted to go to another country. So, I quit my job. I had to find my way. I had some experience in international exchanges, but wanted to work in international cooperation. Just then JICA (Japan International Cooperation Agency) Hokuriku was recruiting, so I started working there.

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立命館大学 国際関係学部在籍中のカナダ留学時代の写真、大学時代の友人と(左上) 

JICA北陸の任務でブータンへ

 JICA北陸にいた時に、ブータンとかかわる業務を担当し、また、ブータンに行ったことでブータンのことが好きになりました。Uターン後、私のことを地元の新聞に取り上げていただいた際に、ブータンの話をたくさんしたからか、私=ブータンだと思ってくださる方が多くいます。
 ブータンの空港に着いてしばらく経った時に軽く高山病になりました。 持って行ったカップラーメンの袋もパンパンになっているくらいで、こんな標高なんだと高さを実感できました。国際空港があるパロと首都のティンプー、そしてそこから少し離れたハというところに行きました。
I got involved in work with Bhutan and visited the country for a business trip. Then, I fell in love with the country.When I came back to Nomi city after quitting JICA, I talked a lot about it, and a local newspaper wrote some articles about me and Bhutan. That’s why many people associate me with Bhutan.
I got altitude sickness a while after arriving at airport in Bhutan. A pack of instant noodles got bloated with air, so I realized that I’m at a high altitude. I visited Paro, where the international airport is, and Thimphu, the capital, and also Haa, a little far from Thimphu.


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ブータンのパロ国際空港。標高2,237m にあり周囲が山々に囲まれているため、離着陸にはパイロットの高度な技術が必要といわれています。
 

 福井県もブータンも伝統工芸が同じく漆器で、ブータンから福井県に漆器についての支援をしてほしいという依頼があり、福井県がブータンのために何ができるのかの現地調査に同行することが出張の目的でした。 現地のJICA職員の皆さんに助けていただきながらも、日本からのJICA職員の同行は私一人だったこともあり、とても貴重な経験となりました。
Lacquerware is a traditional craft in Fukui and Bhutan. Bhutan asked some support from Fukui. Thus, the purpose of my trip was a field investigation on what can be done there. JICA Bhutan supported me a lot, but it was only me from JICA Japan on that trip, so it was a great experience.
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左:Face book Bhutanese lacquer「ブータンの漆」より
右:福井県 平成29年度自治体国際協力促進事業(モデル事業)ブータン王国における漆工芸 技術向上のための研修事業 より
 

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左:調査団のみなさんと当時のブータン経済大臣へ表敬訪問 右:当時のJICA北陸所長と

 

ブータンという国

 ブータンは国として国民の幸せを願った国づくりをしています。その政策が世界から注目を浴びるようになりました。今の国王のお父様が国王になられた時に、国民がどういう生活をしているのかを自分の目で確かめるために国中を歩きました。その際に国民の皆さんと対話したということもあり、国民の皆さんからとても信頼されています。経済発展だけが全てではないということに、気づかされました。  
 仏教の教えの中の「足るを知る」という考え方をブータンから学びました。 
Bhutan has a policy for longing happiness of its people. This attracts attention from all over the world. When the previous king started to rule, he walked around the country to see what people’s life is like. He talked to many of his subjects, so there is a very high respect to him among his people. It made me realize that economic development is not everything.
In Bhutan I learned the Buddhist idea of being satisfied with what you have.
 

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ジグミ・シンゲ・ワンチュク第4代ブータン国王。第3代国王の時代から進められてきた、国際社会参画と国内政治改革を一層推進した。内政に関しては、保守的な面と革新的な面を併せ持ち、国民総生産にかわる「国民総幸福量」 (GNH) という概念を提唱したことでも有名。革新的な面としては、1998年以降の国王権限の縮小、行政の実権の返上と国家元首への専念を基本とし、国民議会に国王不信任決議の権利を付与し、国王定年制を提案、閣僚任命権を放棄し国会議員による無記名信任投票とし、任期を5年に定め、内閣を刷新した。また、行政の実権を担う首相職を設立し、各閣僚が任期1年の輪番制で首相を担当するというシステムを導入。また、急速な近代化を憂い、「急ぎ過ぎない開発」を主眼とした自然環境の保護を進めている。2006年12月9日に王令を出し、14日に第一王男子のジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュクに譲位した。国王を退位後は、自由に行動できるようになったことで民衆の生活を自らの目で見るため国内を巡り歩いているという。(出典:ウィキペディア)
左写真:King Jigme Singye Wangchuck of Bhutan speaking in serious portrait in TIME interview. (Photo by Robert Nickelsberg/Getty Images)
右写真:Children awaiting the arrival of Jigme Singye Wangchuck,the 4th King of Bhutan near Children awaiting the arrival of Jigme Singye Wangchuck,the 4th King of Bhutan near, Paro, Kingdom of Bhutan. (Photo by Independent Picture Service/Universal Images Group via Getty Images)
 

「足るを知る」について

 古代中国の思想家、老子の「足るを知る者は富む」という教えに由来しているといわれています。
「足るを知る者は富む」とは、「満足することを知っている人は、たとえ貧しくとも精神的には豊かで、幸福であるものだ」という意味の言葉です。人間の欲求や欲望というものは果てしないため、今以上に求め続けるといつまでたっても幸せになることはできないと老子は考え、お金やもの、承認欲求などの欲に自分の人生を振り回されたり、人と争ったりしないために、今の状態に満足することが大切であるとして「足るを知る者は富む」との考えが生まれました。
老子は、中国の春秋戦国時代の中国の国の一つであった楚の思想家です。孔子が唱えた道徳や教えをまとめた儒教という学問に対し、「人為的なものである」として老子は否定的な考え方を持っていたとされています。中国における戦国時代の思想書『老子』で、むやみに知や欲を働かせずに、自然に生きることを理想とする「無為自然」という道を老子は説いています。老子が「足るを知る」のように必要以上を求めず現状に満足することの大切さを説いた根底には、無為自然といった「あるがままでいること」を重視した考えがあったのではないでしょうか。
「吾唯知足」(われただたるをしる)の四文字は「口」という文字が
それぞれにあるため、意匠化されて広く親しまれています。アメリカにある
日本庭園のアンダーソン庭園にも使用されています。
https://andersongardens.org/
能美市では、九谷焼作家の故・武腰敏昭氏の作品にもあります。

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お問い合わせ先

市長室 広報広聴課

電話番号:0761-58-2208 ファクス:0761-58-2290